村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』です。 本作は全40章で、奇数章(ハードボイルド・ワンダーランド:「私」視点)と偶数章(世界の終り:「僕」視点)が交互に展開していきます。 以外は下巻のあらすじです。 ハードボイルド・ワンダーランド(奇数章:「私」視点) 博士と再会した「私」は、自身の意識の核に博士が組み込んだ特殊な思考回路の秘密を知らされます。それにより、「私」の寿命が終わろうとしていることを悟り愕然とします。残された時間は極めて短いです。 「私」は博士の孫娘であるピンクのスーツを着た太った娘と行動を共にし、地下から脱出します。娘を自分の部屋に残して、「私」は身支度を整え、カットテープを買い、レンタカーを借りて、図書館の女の子に会いに行きます。女の子とは食事を共にし、一夜を過ごします。そしてダニーボーイを聴きます。女の子とは街にでかけますが、「私」は公園に留まり、最後の時を待ちます。 世界の終り(偶数章:「僕」視点) 高い壁に囲まれた町で、「僕」は夢読みの仕事を続け、図書館の少女と関係を深めます。一方、影は衰弱しながらも町からの脱出を強く勧めます。 「僕」は町のはずれにある発電所を探し、そこでアコーディオンを手に入れまふ。 また、「僕」は影と再会し、町に留まるか脱出を試みるかの重大な選択を迫られ、とうとう脱出することに決めます。図書館の彼女に「僕」はその決意を告げます。図書館の彼女からは私の心を探してほしいと頼まれます。図書館で「僕」はダニーボーイの旋律を思い出して、アコーディオンで奏でます。そして、彼女の心の光を放つ頭骨を見つけます。「僕」はその後影と共に街の外れにある川の溜まりに向かいます。ですが「僕」は共に飛び込まないことを影に告げ、影のみ溜まりに飛び込みます。 あらすじだけ見ると訳がわからない話ですが読書中のテンポは非常によいです。元からあらすじに魅力のある話ではないので。 村上春樹の文章がとても美しいです。 キーワードは壁と受容なのかなって思いました。壁はトラウマや障壁、そしてそれによって遮られている本当の自分の受容の仕方。いろいろな解釈がある作品だと思いますが、私は好きです。 「しかしもう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならーーそれがその失いつづける人生がーー私自身だからだ。 私には私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。かつて、もっと若い頃、私は私自身以外の何ものかになれるかもしれないと考えていた。 カサブランカにバーを開いてイングリット・バーグマンと知りあうことだってできるかもしれないと考えたことだってあった。あるいはもっと現実的に――それが実際に現実的であるかどうかはべつにして――私自身の自我にふさわしい有益な人生を手に入れることができるかもしれないと考えたことだってあった。そしてそのために私は自己を変革するための訓練さえしたのだ。『緑色革命』だって読んだし、『イージー・ライダー』なんて三回も観た。しかしそれでも私は舵の曲ったボートみたいに必ず同じ場所に戻ってきてしまうのだ。それは私自身だ。私自身はどこにも行かない。私自身はそこにいて、いつも私が戻ってくるのを待 っているのだ。」
元の読書記録を見る世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下巻)の感想・レビュー
村上 春樹
新潮社
ISBN: 9784101001586
読者の感想・読書記録
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村上春樹の小説ではかなり好きなので再読。三割方しか覚えてなかったので新鮮に楽しめた、やっぱり面白い。 世界の終り側が、ハードボイルドワンダーランドの私の意識の核だと判明するシーンが気持ちいい。前回もそうだった気がする。 胃拡張の図書館司書が魅力的。読者に彼女を魅力的に感じさせる書き方ができるのってすごいことなのでは。 私が埠頭でビリージョエルを聴きながら眠りにつく場面。よく分からない気がしていたが、諦めと穏やかな終わりを求めていたと考えると、静かに終わって素敵なのかもしれない。 逆に世界の終りでは、物語は、長い間静寂に包まれている印象を受ける。けれど物語の最後、街から脱出を試み、さらに土壇場で僕は司書のために引き返す急展開。対比になっている気がして面白い。 街とその不確かな壁も読む。読後に再読したらまた気づくことがあるかも。
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