本の感想・レビュー
羊をめぐる冒険(下)

羊をめぐる冒険(下)の感想・レビュー

村上 春樹

講談社

ISBN: 9784062749138

読者の感想・読書記録

ブックミーに投稿された公開の読書記録です。感想はそれぞれの読者の意見です。

まちさん

ネタバレ注意 いるかホテルと羊が繋がっていく場面がなかなかよかった。緬羊会館資料室という文字を見た時のワクワク感というか。自分にはあまり縁のない場所なのにそこがすごく懐かしく価値のある場所に思えて不思議だった。羊博士の中にはかつて羊がいた。そして、羊を体内に持っている人間もまた不死だということ。羊に逃げれられた人は羊抜けというところを読んでああだから黒服のいう先生は死にかけているんだと納得した。 羊は企てた計画を実行するために、人々に乗り移っていく。最終的に何を成し遂げようとしているのかとても怖くなった。羊博士がきっかけで羊を起こしてしまったかもしれないと言っていた場面を思うとだからこそ羊博士はその羊を探してるのかなと思った。だけど、その羊がこの世からいなくなってしまったのを聞かされて絶望しているということは羊博士はその羊を神格化してしまっているようにも思えた。取り憑かれているようにも思う。羊男の存在がイマイチ私にはよくわからなかった。鼠が死んだ後、羊男の中に入っていたことは分かった。だけど、戦争に行くのが怖いと言っていたのが誰だったのか、よくわからないと思った。アイヌの青年の息子なのかな。 でも羊が体内に入るということは中国北部、モンゴル地域ではそれほど珍しくないと羊博士は言っていたから、他にも羊が体内に入ってる人間はいるということなんだと考えた。そう思うと、星形のあざのある羊だけがそういう計画を企んでいたのか少々疑問に思った。またこういうことが起こるかもしれないというのがこの物語の怖いところなのではないかと考えたりした。 羊の計画がもはや、人間の計画になっているように見えた。黒服の男や組織のことだ。鼠は羊の計画、あるいは黒服たちの計画を自分自身の身を絶ってまで止めた。だけど、鼠は自分自身のことを「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさや辛さも好きだ。…」と言っていることに少し安心した。何故かはわからないけど、この一文が好き。私自身もそう感じている気がして。最後になってやはり僕は計画のひとこまにされていたことがわかる。悔しいようなよくわからない複雑な気持ちになった。元は鼠が発端だし、鼠は僕に最後の最後に救われたかったと思うと人との複雑な関係のかたちを表した作品のように思えた。

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薄雪さん

主人公と耳の美しいガールフレンドは、札幌で羊に関する情報を集めているうちに、自分たちが滞在していたイルカホテルで、かつて満州で羊の研究をしていた羊博士と出会います。老人は、満州国の時代に特別な羊に取り憑かれ、その羊とともに日本へ渡ってきたと語ります。そして、その羊は例の先生の体に移ってしまったのだと言います。先生はその後、強い影響力を持つ人物になりましたが、やがて羊は羊博士の体を離れました。そのため羊博士は「羊抜け」という症状に苦しんでいるのだと語ります。 老人から羊が写る写真の場所を教えられた二人は、星形の斑点を持つ羊を追って北海道の十二滝町へ向かいます。主人公は列車の中で十二滝町に関する書物を読み、町をつくった人々を導いたアイヌの青年「月の満ち欠け」の存在を知ります。十二滝町は、すでに衰えかけた寂しい街でした。そこで二人は羊の管理人と出会い、山中の山荘へ連れて行ってもらいます。 その山荘は、かつて羊博士が暮らし、戦後は鼠の父が所有していた建物でした。二人は山荘に滞在しますが、耳の美しいガールフレンドは到着して間もなく姿を消してしまいます。 山荘に残った主人公は、羊男という奇妙な存在と出会います。羊男は主人公にいくつかの助言を与えます。 その後、主人公は山荘で友人の鼠の魂と出会います。鼠がこの山荘に来ていたこと、そして鼠がすでに死んでいることがわかります。鼠は、自分の体に羊が入り込んでいたこと、そして自分はその羊を抱えたまま死んだのだと主人公に伝えます。 主人公は山荘を離れます。帰り道で先生の秘書と出会い、会話をします。主人公は秘書から小切手を受け取ります。秘書は山荘へ向かいます。主人公が帰りの列車に乗っているとき、山荘の方から爆発の音が聞こえます。 主人公は街へ戻ります。ジェイズ・バーに行き、小切手を預け、「共同経営者にしてくれ」と頼みます。そして川に沿って残された五十メートルほどの砂浜に腰を下ろし、二時間泣き続けます。 ⸻ 村上春樹の『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』は、それぞれ喪失の物語だと思います。 『風の歌を聴け』で失われるのは、1970年の夏という「一度しかない時間」、鼠との共有された青春、指のない女の子との関係、そしてさまざまな可能性です。淡い青春との別離の物語だと感じます。 『1973年のピンボール』では、主人公は失われたピンボール台を探します。しかし本当に探しているのは、「あのとき何かに夢中だった自分」、あるいは「必死に逃げていた自分」、つまり過去の自分自身の実感なのだと思います。そこには、失われたものへの追憶と、どこか安らぎのようなものがありました。 『羊をめぐる冒険』での喪失は、本当に厳しいものです。羊に象徴されるもの――社会や権力、あるいは曖昧さを許してくれない硬く厳しい何か――と、鼠と主人公は戦っているように感じられます。それでも鼠は、自分自身であろうとしました。主人公も同じです。 「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや……」 鼠は羊と戦い、壮絶な死を遂げます。主人公は生き延びました。しかしその代償として、これまで築いてきた仕事、かけがえのない親友、そして恋人を失います。主人公が失ったものは、追憶できるようなノスタルジックなものではないように感じられます。帰るべき人間関係、そして自分自身までも失ってしまったかのようです。 浜辺で泣いたあと、どこへ行けばいいのか主人公にはわかりませんでした。日はすっかり暮れていて、そんなに泣いたのは初めてのことでした。歩き始めると、背中に小さな波の音が聞こえます。 物語の最後に描かれるのは、途方に暮れた主人公の姿です。とても悲しいラストシーンです。『羊をめぐる冒険』は、居場所を失った人の物語だと思います。だからこそ読んでいてとても悲しく、同時に何度でも共感してしまうのかもしれません。 主人公が立ち直り、再び居場所を見つけていくことになるのは、次の物語『ダンス・ダンス・ダンス』です。この作品を読まれた方が、次の物語にも興味を持ってくださることを願っています。 繰り返すたびに深くなっていく喪失と再生の物語。それが、この四部作の魅力なのではないでしょうか。

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