九月の四分の一
大崎善生
新潮社
2006年03月
概要
逃げるようにして、僕はブリュッセルへ辿り着き、世界一美しい広場で、ひとり悄然としていた。潰えた夢にただ悲しくてやる瀬なくて。そこで奈緒と出会った。互いの孤独を埋めるような数日間を過ごし、二人は恋におちるのだが、奈緒は突然、姿を消した。曖昧な約束を残して(表題作)。-出会いと別れ、喪失と再生。追憶の彼方に今も輝くあの頃、そして君。深い余韻が残る四つの青春恋愛短篇。
ステータス
読んだ
メモ
大崎善生さんの短編集『九月の四分の一』 4編の短編からなります。 1. 報われざるエリシオのために 彫刻美術館駅から小田原に向かう登山列車の中で、僕は昔を思う。大学時代、チェスに没頭していた「僕」と、親友・武井、そしてその恋人頼子の関係。3人はチェス研究会に所属していた。やがて武井と頼子は付き合うようになり、僕は疎外感を味わう。武井はエリートの道を歩き広告代理店に就職する。頼子も学芸員の進路を固めていく。僕は1人、チェスに囚われ、リアルな道を歩け出せないでいる。美術館の学芸…
大崎善生さんの短編集『九月の四分の一』 4編の短編からなります。 1. 報われざるエリシオのために 彫刻美術館駅から小田原に向かう登山列車の中で、僕は昔を思う。大学時代、チェスに没頭していた「僕」と、親友・武井、そしてその恋人頼子の関係。3人はチェス研究会に所属していた。やがて武井と頼子は付き合うようになり、僕は疎外感を味わう。武井はエリートの道を歩き広告代理店に就職する。頼子も学芸員の進路を固めていく。僕は1人、チェスに囚われ、リアルな道を歩け出せないでいる。美術館の学芸員になった頼子には、ある一晩の関係を誘われるが僕は首を縦に振らない。武井と頼子はしばらくして結婚する。数年後、頼子に誘われ美術館を訪れた「僕」は、展示されていた彫刻「報われざるエリシオのために」に込められた彼女の想いを聞く。彼女は彫刻のエリシオを愛し、それと自慰したことさえあるという。そして頼子は僕を愛していると言う。さらに頼子は、武井の子を孕っていると告げる。 しばらくして、武井が見知らぬ女子高生2人と線路で車ごと轢かれたことを知る。彼女の職場の彫刻の森美術館に彼女の私物を受け取りにいく僕。それは頼子からのチェスの贈り物であった。 登山列車にて降り続ける僕。 そして、思う。人間の行いのすべては、結局無意味でそして報われないものなのだと。それでも頼子をさがすために、僕は無意味な穴を掘りつづけるだろうと。 2. ケンジントンに捧げる花束 将棋雑誌『将棋ファン』の編集長を務めていた「僕」は、退職を前に、イギリスの老婦人ジェーンからの手紙を受け取る。彼女の夫・吉田宗八が長年『将棋ファン』を愛読していたことを知り、感謝の言葉が綴られていた。吉田がイギリスに渡って来たのはまだ、冥王星がこの世の中に知られていなかったころだ。「僕」は彼女を訪ね、仕事をやめ、イギリスまで赴く。仕事を辞めたことで彼女の美奈子と仲違いをする。 オックスフォードに留学した宗八は、ジェーンと出会い恋に落ちる。ジェーンにとっては東洋人相手の秘められた恋。しかし第二次世界大戦が始まり、スパイと疑われた宗八はイギリス当局から拷問を受ける。イギリスを嫌いにならないでというジェーンに、宗八はアイラブユーと返したという。 やがて戦争が終わり、宗八は日本を捨てジェーンと結婚する。会社を経営して成功するが、ある日日本の将棋を見つけて嬉しそうな顔をしたと言う。ジェーンは彼のために将棋マガジンを取り寄せ、彼の人生の晩年の喜びとしたという。 主人公僕のつくっていた雑誌を遥か遠く離れたイギリスで愛していた人がいたのだ。 ジェーンとともに宗八のケンジントンにある墓に花を捧げに行く主人公。彼女たちの一途な生き方に打たれ、美奈子のことを思い出す僕。まだ大事なことを伝えていないと考える。これからも僕と一緒に生きてほしいと。 冥王星の光は、いまや全ての人に影響を与えているだろうと。 3. 悲しくて翼もなくて 高校生のとき、札幌でロックバンドを組んでいた「僕」は、公園でギターを弾く少女・真美と出会う。アコースティックギター一本でレッドツェッペリンのロックンロールを歌う彼女はとても素敵だった。 東京に出た僕を追いかけて遊びにきた真美。彼女を学園祭のライブに誘い、レッドツェッペリンの歌を歌わせ、成功を収める。まるで彼女は歌の精のようだった。 真美は僕のアパートに泊まりにきて、セックスをしそうになるが、彼女の若さを思いとりやめる。しばらくして札幌から僕に手紙が来る。東京を恐れ、上京をとりやめると。 ぼくはやがて大学4年のとき、音楽をやめてしまうが、真美は地元で有名な歌手となっている。ではあるが25歳でラストライブを行い、突然引退してしまう。最後の歌はこうだった。 悲しくて 切なくて 翼もなくて 愛しくて 会いたくて でも、翼もなくて 僕が30になったとき、真美から電話が来た。 重い腎臓病だと言う。そこから逃れるために、鬱病とアルコール中毒になったという。もう一度主人公の部屋でブロンイアーが聴きたいという。 電話から一年がたって真美は腎臓病で亡くなったという。 僕は思う。真美の歌をまた聴きたいと。そして今も彼女の歌を信じているという。 4. 九月の四分の一(表題作) 作家の村川健二は原稿を仕上げた後、フランスのパリで3ヶ月程度過ごしていた。そのとき、27歳のとき、ベルギーのグランプラス広場を訪れたことを思い出す。 20代のころに小説家を目指していた村側は、小説が書けず、夢破れて悲嘆にくれていた。グランプラス広場の写真を見かけた彼は、そこに行きたいと思い、ベルギーを目指した。 ブリュッセルの広場につき、夜中に雨の中途方に暮れていた村川は、高木奈緒という女性と出会い、数日間を共に過ごす。彼女は、両親が離婚し、不倫をしていた大学の助教授に振られ、やけになっていた。自分たちがベルギーに来た経緯を伝え合い、想いをともにするようになる2人。 奈緒は「九月四日で会いましょう」という言葉を残して姿を消す。「僕」はその日、グランプラスで奈緒を待つが会えず、13年後、パリでその言葉の真意を知る。友人のジョエルは、9月4日という名前の駅があると教えてくれた。キャトル・セプタンプル。英語で読むとクォーター・セプテンバー。九月の四分の一。 村川は、キャトル・セプタンプル駅に赴き、そこで奈緒が来ていたことを確信する。失われた恋は、崩されたビルのように2度と戻ってくることはない。ただ残像が残っているだけである。しかし、残像であるがゆえに、より鮮明に心に投射し続けるということもある。残されたビルより、壊されたビルをより強く思うように。 あの頃はら苦しくて、切なくて、それでもやっぱり僕は自由だったのだ。
薄雪さんの感想・評価
大崎善生さんの短編集『九月の四分の一』 4編の短編からなります。 1. 報われざるエリシオのために 彫刻美術館駅から小田原に向かう登山列車の中で、僕は昔を思う。大学時代、チェスに没頭していた「僕」と、親友・武井、そしてその恋人頼子の関係。3人はチェス研究会に所属していた。やがて武井と頼子は付き合うようになり、僕は疎外感を味わう。武井はエリートの道を歩き広告代理店に就職する。頼子も学芸員の進路を固めていく。僕は1人、チェスに囚われ、リアルな道を歩け出せないでいる。 話の終わりで僕は思う。人間の行いのすべては、結局無意味でそして報われないものなのだと。それでも僕は無意味な穴を掘りつづけるだろうと。なんのために、と。 2. ケンジントンに捧げる花束 将棋雑誌『将棋ファン』の編集長を務めていた「僕」は、退職を前に、イギリスの老婦人ジェーンからの手紙を受け取る。彼女の夫・吉田宗八が長年『将棋ファン』を愛読していたことを知り、感謝の言葉が綴られていた。吉田がイギリスに渡って来たのはまだ、冥王星がこの世の中に知られていなかったころだ。「僕」は彼女を訪ね、仕事をやめ、イギリスまで赴く。そこで出会った人たちの想いに、僕は救われていく。 3. 悲しくて翼もなくて 高校生のとき、札幌でロックバンドを組んでいた「僕」は、公園でギターを弾く少女・真美と出会う。アコースティックギター一本でレッドツェッペリンのロックンロールを歌う彼女はとても素敵だった。東京に出た僕を追いかけて遊びにきた真美。彼女を学園祭のライブに誘い、レッドツェッペリンの歌を歌わせ、成功を収める。まるで彼女は歌の精のようだった。しかし、その後2人は… 大人になった今でも…僕は、真美の歌をまた聴きたいと思う。そして今も彼女の歌を信じている。 4. 九月の四分の一(表題作) 作家の村川健二は原稿を仕上げた後、フランスのパリで3ヶ月程度過ごしていた。そのとき、27歳のとき、ベルギーのグランプラス広場を訪れたことを思い出す。20代のころに小説家を目指していた村川は、小説が書けず、夢破れて悲嘆にくれていた。グランプラス広場の写真を見かけた彼は、そこに行きたいと思い、ベルギーを目指した。 ブリュッセルの広場につき、夜中に雨の中途方に暮れていた村川は、高木奈緒という女性と出会い、数日間を共に過ごす…。あの頃は、苦しくて、切なくて、それでもやっぱり僕は自由だったのだ。 実は大崎善生さんの作品の中で一番素敵な短編集かもしれません。読みながらとても自分が透明になれる気がします。呼吸をして行くのが楽になります。そんな作品群です。 特に好きなのは「ケンジントンに捧げる花束」です。 「冥王星の光は、いまや全ての人に影響を与えているだろうと。」世界の果てで光り、誰も気づかないだろう冥王星のような、かすかな星の光が、実は誰かの心の支えになっていた。なんて、ロマンチックな余韻を残す物語なんでしょうか。
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