本屋さん正欲
正欲

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朝井 リョウ

新潮社

2023年05月29日

概要

自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよなーー。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繫がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。

ステータス

読んだ

メモ

・社会的な繋がりとは、つまり抑止力であると。法律で定められた一線を越えられてしまいそになる人間を、何らかの形でその線内にとどめてくれる力になり得ると。だけどそのつながりは、学校や会社などの通常のルートから外れた途端、自然と遠ざかってしまう。その中にいれば、まるで夕立に降られるように自然と浴びられる繋がりを、自ら両手を伸ばして掴み取りに行かなくてはならなくなる。 ・幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除され…

・社会的な繋がりとは、つまり抑止力であると。法律で定められた一線を越えられてしまいそになる人間を、何らかの形でその線内にとどめてくれる力になり得ると。だけどそのつながりは、学校や会社などの通常のルートから外れた途端、自然と遠ざかってしまう。その中にいれば、まるで夕立に降られるように自然と浴びられる繋がりを、自ら両手を伸ばして掴み取りに行かなくてはならなくなる。 ・幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除されない人たちだけだ。「無事死ぬために生きてるって感じだよね、私たちって。 ・田吉と関わっていると、マジョリティというのは何かしら信念がある集団ではないのだと感じる。マジョリティ側に生まれ落ちたゆえに自分自身と向き合う機会は少なく、ただ自分がマジョリティであるということが唯一のアイデンティティとなる。そう考えると、特に信念がない人ほど、“自分が正しいと思う形に他人を正そうとする行為“に行き着くというのは、むしろ自然の摂理なのかもしれない。 ・友情結婚。契約結婚。今や、恋愛関係にない異性同士による婚姻には様々な呼び名があるらしい。ただ、お互いがお互いを、この星との摩擦としてアテにしてるという結婚は、何と呼べばいいのだろうか。 ・どんなふうに生まれたって生きていける、生きていていいと思える。そんな社会なライ1番いいけれど、そうではないので、そんな空間を自分で作るしかないのだと感じる。 ・出費が抑えられることも同じ値段で多く購入できることも結局は【誰もが「明日、死にたくない」と感じている】という大前提に根差した歓びだ。 ・我ながら気持ち悪くて仕方がない存在であるこの自分が生理的な嫌悪感により目を逸らしたくなるような性的思考が存在することに、深く豊かな呼吸を授けてもらえた気がした。 その呼吸とはすなわち、自分が想像し得なかった世界を否定せず、干渉せず、隣同士、ただ共にあるということだった。自分に正直に生きるために声を上げるまでもなく、ありのままの自分を誰かにわかってもらおうとする必要のないまま、生きていられることだった。 ・誰が命令しなくとも、まとも側の岸にいる人は、その岸の治安を守ろうとする。まともである、すなわち多数派であることに執着する者は、異物を見つけ出し排除する活動に、誰から頼まれなくとも勝手に勤しむ。 ・こっちはそんな、一緒に乗り越えよう、みたいな殊勝な態度でどうにかなる世界にいない。マイノリティを利用するだけ利用したドラマでこれが多様性だとか令和だとか盛り上がれるようなおめでたい人生じゃない。お前が容易に寄り添おうとしているのは、お前が想像もしない輪郭だ。自分の想像力の及ばなさを自覚していない狭い狭い視野による公式で、誰かの苦しみを解き明かそうとするな。 ・「あってはならない感情なんて、この世にはないんだから」それはつまり、いては行けない人なんて、この世にはいないということだ。

本屋さんさんの感想・評価

多様性とは普通とは何なのか考えさせられる物語だった。世の中には様々な性的嗜好や、今までの自分の経験からは理解しがたい価値観などが存在し、そういう考え方をどう受け止めるのが平和に終わるのか、また、そういう価値観をもった者たちが自分の周りに存在した時どのように関わって行くべきなのか、考えた。 世の中で認識されている多様性の定義とは、これまでの歴史を経て、構築されてきた人間的な価値観や考えを持つ人、つまり社会的に普通と言われる枠の中に生きている人たちが受け入れられる範囲内の趣味嗜好をもった人たち、多数派の人間たちから、そういう考え方もあるよね、とか、人それぞれだよねとか、認められ社会のグループの仲間として生きられる。しかし、世の中には桐生夏月や、佐々木佳道たちのようにまともな人間たちからかけ離れた性的嗜好を持つ人間たちが存在する。そのような人間たちは当然のように世間から冷たい目で見られ、社会の仲間外れにされる。そして、誰からも理解されず、結果的に理解者がほしいという希望もなくし、誰にも自分の思いを共有することもなく、社会的に孤立していく。ましてや生きる価値すら無くしていく。そういう少数派の人たちは、どうにかして普通の人間に紛れ、まともな人の真似をして生きていく。そうでもしないと普通の人間と生きていけないのだから。その中で小さいコミュニティを通して、出会った同じような人間に出会い、親や友達にすら話したことない心のうちを共有し合い、初めて人とのつながりを感じていく。 最近では多様性という便利な言葉を、世間に対して疎外感をもった人に多用し、かってに相手を理解した気になって気持ちよくなってる人がいる。自分も気づかないうちにそのうちの1人に当てはまっているのかもしれない。そういう人たちとどういう関わっていくべきなのか。多数派の中には少数派の人間を無理にでも理解しようとし、勝手に相手のプライベート踏み込み、勝手に受け入れる側の人間でいる。その行動自体が傲慢で相手にとっては何も手助けにもならない。だから、変に理解しようとせず、そういう考え方もあるんだな、というくらいの認識でいるのがお互いにとっても心地良いのではないか、と思う。ただ、これは無関心とかそういう話ではなく、お互いが不快感なく生きていくための自分なりの考え方である。 でもこういう相手に対する姿勢こそが傲慢なのかなと、も思う。

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