古くてあたらしい仕事
島田 潤一郎
新潮社
2019年11月27日頃
概要
噓をつかない。裏切らない。ぼくは具体的なだれかを思って、本をつくる。それしかできない。転職活動で50社連続不採用、従兄の死をきっかけに33歳でひとり出版社を起業した。編集未経験から手探りの本づくり、苦手な営業をとおして肌で触れた書店の現場。たったひとりで全部やる、小さな仕事だからできること。大量生産・大量消費以前のやりかたを現代に蘇らせる「夏葉社」の10年が伝える、これからの働き方と本の未来。
ステータス
読んだ
メモ
けれど、そもそも世間に認められたくて、仕事をするのではない。だれかを打ち負かすために、仕事をするのでもない。自分が全力を注ぐことができる仕事を自分で設計し、それに専念する。 会社を立ち上げた以上、だれからも命令されることはないのだから、自分の仕事は自分でつくっていくほかない。 なぜなら、行けば、一日一回はいいことがあるかもしれないから。 行けば、すべてが前進するかもしれないから。 大手に紐づかないと来月の給与も心もとない。でもグローバルな、寡占化された社会での大手とは、先…
けれど、そもそも世間に認められたくて、仕事をするのではない。だれかを打ち負かすために、仕事をするのでもない。自分が全力を注ぐことができる仕事を自分で設計し、それに専念する。 会社を立ち上げた以上、だれからも命令されることはないのだから、自分の仕事は自分でつくっていくほかない。 なぜなら、行けば、一日一回はいいことがあるかもしれないから。 行けば、すべてが前進するかもしれないから。 大手に紐づかないと来月の給与も心もとない。でもグローバルな、寡占化された社会での大手とは、先のグーグルやアマゾンやスターバックスのような会社のことをいう。 彼らの提供するサーピスは素晴らしいが、それを享受し続けることは、巡り巡って、自分たちの職種を減らす。 便利であるというのは、つまりそういうことだ。 スマートフォンで注文した品物は、だれかが汗をかいて仕分けし、だれかが小走りで持ってきてくれるから、早くて、便利なのだ。商品が安いというのは、そのぶん、だれかの取り分が少なくなったから安いのだ。 ぼくは、こうしたあらゆる巨大な資本から逃れて、自分の仕事の場所をつくりたい、と願う。 幸い、その見本はぼくのまわりにたくさんある。 結局、自分がこれまでやってきた仕事の延長線上にしか、あたらしい仕事はないのだ、と思う。 その土台を無視して、まったく違うことを始めたり、あたらしい展開を試みたところで、それはやっぱり、ただの付け焼き刃に過ぎない。 次の仕事は、いつだってこれまでやってきた仕事が規定する。それがよいものであれ。悪いものであれ。
しおさいさんの感想・評価
社会で働いてる自分、消費者としての自分。双方の目線から心に響く言葉がたくさんあった。手元に置いて繰り返し読みたい一冊。
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