うそコンシェルジュ
津村 記久子
新潮社
2024年10月30日頃
概要
それで誰かを助けられるなら、うそぐらいつく。大学のサークルを抜けたい姪のため、うその辞める理由を考えてあげたことをきっかけに、「うそ請負人」と頼みにされるようになった女性の困惑。会社の自転車置き場で、人間関係へのストレス発散のために同僚がとっていた思いがけない行動。日常の困ったことどもをやり過ごし、目の前の「今」を生き延びるための物語11篇。
ステータス
読んだ
メモ
どれだけみんなが貧乏になっても、そういう高級感による慰めを好んで散財する人はそれなりにいる。 なんで自分はトマトが好きぐらいのことも肯定してくれない人に同意を捻り出していたのか。 寂しいかもしれないし、何かを取り返したいかもしれないけれども、いいことだと思うようにしましょうよ、と言った。 誰かにお茶を出して話を聞くために生まれてきたんならそれでいいわ。 それと比べると、それまで知らなかった人は新鮮だ。なにしろ情報が少ないし、自分の良いところをうまく編集して見せることが…
どれだけみんなが貧乏になっても、そういう高級感による慰めを好んで散財する人はそれなりにいる。 なんで自分はトマトが好きぐらいのことも肯定してくれない人に同意を捻り出していたのか。 寂しいかもしれないし、何かを取り返したいかもしれないけれども、いいことだと思うようにしましょうよ、と言った。 誰かにお茶を出して話を聞くために生まれてきたんならそれでいいわ。 それと比べると、それまで知らなかった人は新鮮だ。なにしろ情報が少ないし、自分の良いところをうまく編集して見せることができる。 だから、人が他人にうそを求めることの奥底には、その相手が感じるかもしれない痛みを無視して、自分にはうそをついてくれという傲りが存在する。 興味を引くためにはプライベートを切り売りするものなのだ、と少し悲しくはなった。 自分はそのうち、何かに対して努力で一人で楽しくなったり、クラスでつらいことがあっても持ちこたえられるようになるんだろうか、とさなえはぼんやりと考えることがあった。 きぜん、という言葉のちゃんとした意味はさなえは知らなかったし、もちろん漢字も書けなかったけれども、いうなればそういう態度の人間に、さなえはなりたかった。それはたとえば、自分に必要だと思ったら下の学年のいのこり授業に一人でやってくるようなことのように、さなえには思えた。
しおさいさんの感想・評価
共感できない愚痴を言ってくる友人、職場で嫌味を言ってくる同僚など、日常の困りごとを津村記久子さんは描くのが上手いと思う。そしてそれぞれの主人公は熟考し、静かに毅然と対応する。優しく励まされる作品。
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