風景学入門
中村良夫(景観工学)
中央公論新社
1982年05月
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メモ
序章 p10 どんなに魅惑的な自然でも、日常の生活舞台に身を置いて眺めるのがその最もあたりまえの楽しみ方である。たとえ、大自然に踏み込んで行ったとしても、自分の身体という日常性を離れて風景はないことに、あらためて注意が向けられてよい。 第三章 何の役に立つのか、一見、不明のようでいながら、空間の中に身を置いている人間の精神生活に深くかかわってちるのが風景といぅのであろう。その関わり方の構造と人間的意味を考え、生活空間の創造の保全に役立てようとするのが風景学である。 第四章…
序章 p10 どんなに魅惑的な自然でも、日常の生活舞台に身を置いて眺めるのがその最もあたりまえの楽しみ方である。たとえ、大自然に踏み込んで行ったとしても、自分の身体という日常性を離れて風景はないことに、あらためて注意が向けられてよい。 第三章 何の役に立つのか、一見、不明のようでいながら、空間の中に身を置いている人間の精神生活に深くかかわってちるのが風景といぅのであろう。その関わり方の構造と人間的意味を考え、生活空間の創造の保全に役立てようとするのが風景学である。 第四章 p132 五行であるが、複雑な現象界の構成も結局は五つの要素に還元できるとする考えは、現代人の目には一見まことに奇妙にも幼稚に見える。だが、風景体験という、きわめて日常的な体験を考えるには、それに即した人間の世界感情を考察の対象にしなければならない。 第四章 p133 五行と親密な交わりを結んできた古代の中国人が、相生し相剋する五行の有利な影響がなければ人間は存在しえないという確信のうちに生きていたという事実は五行に関する執拗な関心を見れば容易にわかる。しかも大変興味深いことに、五行の影響は天理のなすところであるから、人の力によってはいかんともしがたいと考ええていたのではなくて、五行のバランスが崩れかけていた時には人為によぬてそれを回復しうるとされていたのである。 第五章 風景のなかに身をおく建築の理想と個性とは、他を引き立たせる仕方の個性であって、自己主張とは異なる。
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