訂正可能性の哲学
東 浩紀
ゲンロン
2023年09月01日頃
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読んだ
メモ
『観光客の哲学』に次いで出版された本。 あわせて読んだほうが良いかも。 科学は反証可能性に開かれた学問、 哲学は訂正可能性に開かれた学問という言い方がおもしろかった。 『観光客の哲学』と比べると全体のまとまりがあり、言いたいことをそのまま言っている感じがする。視座も高い。 ただ、とはいえ、人に社会を良くしたいと思って欲しいだとか、合理的に動いてくれるはずだとか、抽象的に何か言えばあとは誰かが解釈してなんとかしてくれるだろうだとか、そういった期待を裏切られて打ちひしがれて…
『観光客の哲学』に次いで出版された本。 あわせて読んだほうが良いかも。 科学は反証可能性に開かれた学問、 哲学は訂正可能性に開かれた学問という言い方がおもしろかった。 『観光客の哲学』と比べると全体のまとまりがあり、言いたいことをそのまま言っている感じがする。視座も高い。 ただ、とはいえ、人に社会を良くしたいと思って欲しいだとか、合理的に動いてくれるはずだとか、抽象的に何か言えばあとは誰かが解釈してなんとかしてくれるだろうだとか、そういった期待を裏切られて打ちひしがれてきた感じも伝わってきた。 だからこそ、そこに期待しないことをなるべく前提にした論理が展開されていた。 結局どんな政治的思想も家族の形の違いを話しているに過ぎない、という話は確かにそうかもと思った。 「個人を群れの一部としてではなく、特別で不可分なものとして考えたい」という前提から始めるなら、一般意志は個人に対しても訂正可能性に開かれていなければならない、それには統計による自動的な意思決定では不十分だという帰結になっている。これはこれからの時代では忘れずにいたほうがよさそう。 自分の課題意識にも通じるところがかなりあって、読んでとても良かった。
ダンさんの感想・評価
『観光客の哲学』に次いで出版された本。
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