デザインのデザイン
原 研哉
岩波書店
2003年10月
概要
まえがき 第1章 デザインとは何か 悲鳴に耳を澄ます デザインの発生 デザインの統合 20世紀後半のデザイン 規格・大量生産 スタイルチェンジとアイデンティティ 思想とブランド ポストモダンという諧謔 コンピュータ・テクノロジーとデザイン モダニズムのその先へ 第2章 リ・デザインーー日常の21世紀 日常を未知化する アートとデザイン リ・デザイン展 坂茂とトイレットペーパー 佐藤雅彦と出入国スタンプ 隈研吾とゴキブリホイホイ 面出薫とマッチ 津村耕佑とおむつ 深澤直人とティーバッグ 世界を巡回するリ・デザイン展 第3章 情報の建築という考え方 感覚のフィールド 情報の建築 長野オリンピック開会式プログラム 病院のサイン計画 松屋銀座リニューアルプロジェクト 情報の彫刻としての書籍 第4章 なにもないがすべてがある 田中一光から渡されたもの 無印良品の起源と課題 「が」ではなく「で」 WORLD MUJI EMPTINESS 地平線にロゴを置く ロケーションーー地平線を探して 第5章 欲望のエデュケーション デザインの行方 企業の価値観の変貌 集約されるメーカーの機能 マーケットを精密に「スキャン」する 欲望のエデュケーション 日本人の生活環境 日本という畑の土壌を肥やす デザインの大局 第6章 日本にいる私 日本をもう少し知りたい 『陰翳礼讃』はデザインの花伝書である 成熟した文化の再創造 自然がもたらすものを待つーー「雅叙苑」と「天空の森」 世界の目で日本の上質を捉え直すーー「小布施堂」 何もないことの意味を掘り下げるーー「無何有」 たたずまいは吸引力を生む資源である 第7章 あったかもしれない万博 初期構想と「自然の叡智」 エコロジーに対する日本の潜在力 森の中に何があったのか デザインのパースペクティブ 身近な自然や生命をキャラクターに 自己増殖するメディア/終わらないプロジェクト 第8章 デザインの領域を再配置する 世界グラフィックデザイン会議 デザイン知の覚醒 デザインと情報 情報の美へ 生命科学と美 情報とデザインをめぐる3つの概念 VISUALOGUE 徒歩で再び歩き出す世代に あとがき
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メモ
第1章デザインとは何か 産業革命以降、なぜデザインの必要性が生まれ、どのように育まれのかについて、アメリカ、日本、ヨーロッパをベースとして述べていた。資本主義社会とテクノロジーの進化に伴い、生産、消費の現場において、デザインが必要となった。この経済的必要性から生まれるデザインも大きいが、それとともに文化的なデザイン。つまりは経済的思想が色濃くないデザインも受け継がれ、生産されている。大きく分けてこの2つのデザインに対する考え方が、近代のデザインの発展の根底となっているのだろう…
第1章デザインとは何か 産業革命以降、なぜデザインの必要性が生まれ、どのように育まれのかについて、アメリカ、日本、ヨーロッパをベースとして述べていた。資本主義社会とテクノロジーの進化に伴い、生産、消費の現場において、デザインが必要となった。この経済的必要性から生まれるデザインも大きいが、それとともに文化的なデザイン。つまりは経済的思想が色濃くないデザインも受け継がれ、生産されている。大きく分けてこの2つのデザインに対する考え方が、近代のデザインの発展の根底となっているのだろう。この章を読んでいると、「デザイン」そもそもどういった概念、意味なのかがますます分からなくなってしまった気がするが、これは見失ったのではなく、深い部分を知ったからなのだろう。 第2章リ・デザイン〜日常の21世紀〜 極めて日常的な日用品を、アーティスト達に再デザインしてもらうという展覧会。私が特に面白いと感じたのは、津村耕佑氏のおむつのデザインである。高齢者向けのオムツは、オムツ自身に赤ちゃん用と言うイメージがあるため、どうしても使用者の精神的苦痛となりやすい。そこで津村氏は人間の体液を吸収ウェア一式の考え、その中で吸収性のレベルを三段階に分けた。軽い汗を取るシャツやショーツはプロテクション1、一番吸収性の高いオムツはプロテクション3とし、デザインもトラクスのような形にした。このことによって、オムツという概念は、ただの吸収性の高いウェア一式の一部であるという認識になる。機能自体は変化していないが、その製品がもつマイナスな概念を、再デザインすることによって問題を解決する。その製品自体を変化させるのではなく、それを取り巻く分類や概念をデザインするというのは、驚きと感心を感じることができた。 第3章情報の建築と言う考え方 ただ利便性や合理にデザインするだけでなく、意味を持たせること。例えば病院内の看板にあえて白い布を使用し、その布を清潔に保てることができるという病院の管理能力を表すといった例が挙げられていた。ここでは、デザインの形というよりも、素材や色彩。触覚に対するアプローチが多く挙げられていた。全てをそのまま表すことがデザインなのではなく、受け手の感受性にあえて任せることも必要であることが分かった。特に気に入ったのは、松屋銀座の工事中のゲートに用いられたデザイン。チャックの形で工事終了までの期間を表現している点や、建物が完成すると同時にそのデザインも完結する点ががとても粋で面白いと感じた。ただそのまま工事の期間を表示するのではなく、受け手の観察に任せたようなデザインは「期間」と言う情報を上手に建築した例であるだろう。 第4章なにもないがすべてある この章は何と言っても無印良品にフォーカスが当たっている。高級ブランドのように性能を極限まで高めつつ、希少性を持たせるスタイルと、安価で大量に生産することによって、薄利多売を行うスタイル。無印良品はちょうどこの中間を行っている。ブランド力は持ちつつ、ただ安価に品質を合わせるのではなく、余計なデザインを排除しクオリティを高めるというデザイン。無印良品が良いなのではなく、無印良品で良いというオリジナリティを確立している点が、無印良品の特徴であるだろう。そんな無印良品の広告は、あえて、情報を載せ過ぎず、受け手の考えを乗せるようなデザインに仕上がっており、このデザインにすることによって、「これが良い」ではなく「これでちょうど良いんだ」というイメージを定着させている。この絶妙な調整が面白いと感じた。 第5章欲望のエデュケーション 近年の企業は物を生産するそのクオリティだけが重要ではなくなってきている。いかに上手に会社のマーケットを拡大し、運用していくが大切となっており、この立ち回りが経済活動の核となっている。どの層(コミュニティ)に向けて製品を作るのかによって、製品のクオリティや強い部分は大きく代わってくる。グローバルに向けるのか、国内に向けるのか。この方向性を決めるマーケットのスキャンはとても重要である。日本で食べるインドカレーと本場のインドで食べるインドカレーは全く異なり、インドの方が当然クオリティは高い。が、日本のインドカレーが悪いというわけではない。日本国内においてはそれで十分なのだ。どれだけそのコミュニティ内でクオリティが求められるのか。これは製品の出来に大きく影響する。この水準が必要であると言う欲望が教育されていないと、高水準の製品は生まれず、グローバルに対応することは難しくなるだろう。こういった面でデザインを考えると、コミュニティごとのニーズの形が見えてくるので、面白いね。 第6章日本にいる私 北が上向きの世界地図を90度傾けてみると、日本がまるでユーラシア大陸という巨大なパチンコ台のヘソのような役割を果たしているように感じる。東には太平洋しかない日本は、固有の文化を成長させた後、急速に他国の文化を吸収して、成長した。このように文化的に寛容な日本であるが、元から持っている固有の良さも忘れてはいけない。日本には間を尊重した考え方があり、この考え方は世界基準に合わせていくべきではない。この固有の良さは手を加えてデザインすることが、必ずしも正しいわけではなく、そっと後押しする程度で良いのだ。本当に良いものは表立って強調しなくとも、評価されていく。この考え方は余分なデザインを防ぐ上で大切だと感じた。 第7章あったかもしれない万博 2005年の愛知万博では、自然の叡智が謳われた。環境問題が露呈し、解決策はもうすでに考案された世界で、環境問題に取り組むためには、同時並行で発生する課題に取り組むことが必要となる。愛知万博では、この点に取り組むことが考案された。グローバル化と情報化が進んだ世界において、万博の現地に赴かなければならない「価値」を見出すことを目標とし、当初は森を水晶宮ように見立てて会場を設営することが考案されていた。特に面白かった点は、ガムテープをリ・デザインした点。万博会場だけでの価値だけでなく、物流や万博に関わる全ての範囲に万博の価値を持ち込もうとした。これをガムテープのデザイン一つで実現しようとした所が、思いつきそうで思いつかない「凄さ」を感じた。 第8章デザインの領域を再配置する デザイナーにとって情報とは製品であり、この質を高めなければならない。この質を高めるためには、「情報の美」を生み出す必要がある。「情報の美」は分かりやすさ、独創性、笑いによって目指される。多くの人が理解しやすく、個性的であり、目を引く要素を高めることは、情報を取り扱う上で重要になるということだ。これからのデザインは、これまで生まれ、パンクしている道の上で、新たな方向性を示す必要があり、この取り組みは、コミュニティにおける技術の思想の発展が相互的に関与し合うだろう。
こーたさんの感想・評価
なんとなく内容ば理解できるが、難しいなーと言うのが正直な感想。モノの形を作ることがデザインなのではなく、人を取り巻く情報をデザインすることが、何よりも大切であるというメッセージはよく理解できた。デザイナーという職業は、自分エゴを表現することが一番なのだと思っていたが、そんなことはなく、経済や自然、文化といった環境のなかで、その手助けをするような仕事なのであると言うことが分かった。伝えたい情報を伝えるだけでなく、受け手をデザインの中に引き込むような思考が必要であり、一方通行的なデザインは価値が薄いということなのだろう。
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