ことばの道草
田中 克彦
筑摩書房
2025年12月17日頃
概要
日本における社会言語学の泰斗が来し方を振り返り、人生と研究に思いをめぐらせるエッセイ集。幼い日の思い出から語り起こし、言語学を志すに至った経緯、なぜソ連研究やモンゴル研究、さらにはクレオール研究までを志すようになったのか、そのいきさつを綴る。数多くの道草をやり過ごして先を急いできた言語学者が、こころに残るそれらを思い起こし書きとめた断章のつらなりから、領域を横断する知の世界が見えてくる。 まえがき──この本を書くわけ I 幼き日々の残照 イナゴとバッタ 桑の葉ものがたり あめつちのうた コメを食べるとアタマが悪くなるか II モンゴル研究からシベリアへ 一九五〇年代という時期 税務署のアルバイトと東京外語の日々 最初のモンゴル旅行の思い出 最初のブリヤート モンゴル語の正書法 「独立国」トゥバとの出会い III ドイツからフィンランドへ ぼくの二回目のドイツ留学 ドイツの冬 ケルンのピエモン書店 IV 道草の数かず ゲオルク・フォン・デア・ガーベレンツと荻生徂徠 シューハルトと亀井先生の「学学」 「日銀の弟」氏 韃靼とタタールのものがたり いわゆるタタールのくびき 日本のタタール人 タタール・ステーキの問題ーーサナダムシ ぼくの読書のはじまり スターリンとマル 千野栄一と亀井孝 谷垣実のメンタ シュンちゃんといういたずらっ子の話 ナチンと馬たち 二人のスパイ シャマニズムとカミツレソウ トロッキーとドン・ファン アイクラかアイネックか V クレオール語研究の初しごと ある出版人とぼくのクレオール語研究 池田恒雄最後のしごとーー小泉八雲の全訳刊行 ドイツ人はみなオシ(唖)か? かれらの話すことばはオシ語(唖語)なのか? VI 抵抗する言語──ウクライナ問題と言語学 言語から国際状況を考える メイエ『新生ヨーロッパの言語』 ことばの数は増え続ける ウクライナ語はロシア語の方言か? アウスバウーー方言からの独立へ 独立を求めてたたかう方言 「文明」から排除される「民族」 文明主義からの脱出とソシュール 文化領域の巨大な変化の中で 文明語と文化語 VII ノモンハンのたたかい──モンゴルの存立 ノモンハン戦争八十五周年に寄せてーー歴史にささったトゲ 遊牧民と家畜の運命 黄砂と花粉症ーーあるいは遊牧有害論 あとがき
ステータス
読んだ
gamemakerKさんの感想・評価
いやいや、これは見た目の何倍も面白い本だった。「道草」の通り、話は筆の向くままに進み、戻ってこないまま次に進むのだ。以前読んだ加藤一二三氏の著作と同じ匂いを感じた。 …というか、ここまで書いてしまっていいのか?ということも割とはっきり書かれていて驚いた。特に人物評。それだけ拾い読みするだけでもかなり楽しめると思う。
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