みなさんは、自分以外の何者かになりたいという気持ちに、なったことがありますか? 私は、めちゃめちゃあります。あのひとみたいに見目がよかったら、とか、あのひとのようなコミュ力があったら、とか。 くだらないとわかっていても、どうしようもなくそんなことを考えて、結論、自分じゃないだれかになりたいと願う……。 もし、ほんの一瞬でも共感する、その気持ちを知っていると思ってもらえるなら、ぜひ読んでほしい一冊があります。 主人公の鷲澤憂(わしざわ・うい)は、効率よく生きることを信条とする上司の奈々さんにあこがれ、奈々さんのようになりたいと思いながら日々を送っている。その心酔ぶりといったら、服装を真似、髪型を真似、奈々さんの生き方にならって部屋の断捨離をおこない、奈々さんの価値観を受け入れられなかった恋人すらも、不要と捨ててしまうほど。 仕事では奈々さんから一定の評価を得ている憂だけれど、奈々さんのようにできる自信がないと独り立ちを先延ばしにして、「憂ちゃんは憂ちゃんらしく」と言われて戸惑ってしまう。 私は、憂の気持ちがすごくよくわかる。作中に、相対的ならしさでずるい、と憂が言いかけるシーンがあって、これにはっとさせられる。 たしかに、他人と比べることで私っておとなしいよねとか、マイペースだよねとか、ある程度型に当てはめることができて、それが私の本質かと言われるとちがう気がするけれど、「自分らしさ」がわからないことのほうがずっと生きづらい。仮初にでも自分はこういう人間だと思い込むことにして、そういう人間としてふるまったほうが、楽なのだ。 その仮初の指標を、生きやすそうな他人に委ねることが悪いことだとは、私には思えない。 そんな憂の物が少なくて効率のいい部屋に、ひょんなことから、すずりと名乗る青年が転がり込んでくる。「憂さんに、おれのこと片付けてほしいんだよね」と依頼され、ふたりは同居生活をはじめることになり……というのがおおまかなあらすじ。 すずりは飄々として、捉えどころがない青年、というふうに描かれる。知り合いのいない多人数の飲み会にしれっと溶け込む、なんて詐欺師まがいのことをやってのける。 そんなうまくいく?と思うけれど、憂が奈々さんになったつもりですずりと居酒屋に突撃し、とあるグループに混ざるくだりのディテールはわくわくして、なんとなく自分にもできそうな気がしてくる(しないけど)。 本作のテーマは「片付け」。 冒頭で、片付けの極意はものの定位置を決めること、であると提示され、すずりは憂に「おれの定位置をさがしてほしい」と依頼をする。でもひとの定位置って、なんだろう?本作は、そのよくわからないモノについて、「自分らしさ」の定義であったり、連絡先(=人間関係)の整理であったり、さまざまな角度から私たちに問いかけてくる。 その点すずりは、異性である憂に同居を提案する大胆さもあり、知り合いのいない飲み会に混ざる度胸もあり、憂を否定せず、欲しい言葉をくれる優しさもあり……。とにかくふしぎな魅力がある。 憂は、「まるで私がすずりに片付けられているみたいだ」と思う。すずりはちゃんと自分を持っているひとに見える。 でも、すずりが「憂さんとおれは似てるよね」と言うとき、「憂さんがおれをすずりにしてくれるんだよ」と遠い目をするとき、「すずりにも、なりたいと思う人がいるの?」と訊かれ、「いるよ」と答えたとき……彼はきっと、ほんとうのことを、彼自身の言葉を口にしていたのだと思う。 ちなみに私は、片付けがとても苦手である。 休日になると、平日に匙を投げたぶんの片付けをせねば、と思うと憂鬱になる。ずぼらゆえ、ものの定位置を決めたとて、もとに戻すのを後回しにしてしまう厄介なタイプである。 でも、きっと連絡をとることはないとわかっていても、ずっと消せない連絡先がスマホの片隅に残っているように、片付いても片付かなくてもいいのだと、そう優しく言ってもらえたような、爽やかな読後感でした(でも片付けはしなきゃ)。 作者の村崎さんはきっと、このデビュー作から大きく羽ばたいて、もっとおもしろい作品を世に送り出してくれることでしょう。 古参ファンを名乗るなら今のうちに!笑 たくさんのひとに読んでほしいと祈りを込めて。
元の読書記録を見る片付かないふたりの感想・レビュー
村崎 なつ生/眩しい
集英社
ISBN: 9784086806268
読者の感想・読書記録
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客用布団のような名前。優しくて寂しい、良い本だった。
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