mi悲しみよ こんにちは
悲しみよ こんにちは

悲しみよ こんにちは

フランソワーズ・サガン/河野 万里子

新潮社

2009年01月

概要

セシルはもうすぐ18歳。プレイボーイ肌の父レイモン、その恋人エルザと、南仏の海辺の別荘でヴァカンスを過ごすことになる。そこで大学生のシリルとの恋も芽生えるが、父のもうひとりのガールフレンドであるアンヌが合流。父が彼女との再婚に走りはじめたことを察知したセシルは、葛藤の末にある計画を思い立つ…。20世紀仏文学界が生んだ少女小説の聖典、半世紀を経て新訳成る。

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miさんの感想・評価

夏の海辺の雰囲気が心地よく、物語全体に流れる軽やかさが魅力的だった。セシルと父のように「感覚で生きる」姿は人間らしく、自由で楽しそうに思えた。一方で、アンヌが理屈を強制することでセシルの自由を制限したように感じ、アンヌを排除しようとするセシルの気持ちは理解出来た。基本的には私はアンヌのように理性的に生きていて人生をエンジョイできていないように感じるが、セシルのような楽しさだけを求める欲求はたしかに自分の中に存在していて、それをアンヌのような理性が押さえつけようとしているからアンヌの干渉に耐えられない気持ちに共感できたのではないかと思った。アンヌはパパを「道徳で騙した」というような節が印象的だった。 アンヌの死には、事故死の可能性を残したところに道徳的な重みがあり、心を打たれた。ただ、その後セシルと父が以前と変わらない生活に戻って生き続けていることには、どこかモヤモヤしたものを感じた。私は登場人物の中ではアンヌに最も似ていると感じる。道徳的な正しさを重視するがゆえに、それを押し付けてしまうことがある自分と重なる気がしている。アンヌが持って生きてきた信念が蔑ろにされたように感じ、虚しくなった。 でも、セシルが「悲しみよこんにちは」と語りかけることから、アンヌの存在は彼女の中で”悲しみ”という形になりながらも確かに残ったのだと思う。セシルは感覚的に生き続けるけれど、アンヌを完全に忘れたわけではない。心理描写が人間の複雑さをよく表していると感じた。 人間の自由と道徳、快楽と罪悪感の揺らぎが描かれていて、読後に独特の余韻が残る一冊だった。

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